喫茶マンスペース

今日も特になにも起きず。だがそれで良い

一緒にミックスナッツを食べるとき、カシューナッツばかり食べる奴は、いざというとき仲間を見捨てる

中学生の頃の話。家で友達と遊んでいたとき、おやつにミックスナッツを食べていた。私は、ミックスナッツの中でも特にカシューナッツが好きで、アーモンドやクルミ、ピーナッツを23粒食べるごとに、カシューナッツをひとつ食べるというご褒美方式を採用していた。

 

カシューナッツの変わらぬ美味しさを実感しつつ、私ともう一人の友達は無我夢中でゲームをしていた。そんな中、私がふとミックスナッツからナッツを取る友達の手に注目すると、異変に気付く。

 

カシューナッツばかり食べているではないか。

 

もちろん十人十色ということは十分に承知している。美味しいものを最後に食べる派。お腹がすいている時に美味しいものから食べる派。色々な方がいるだろう。だが、今回は話が違う。ひとつの皿に盛られたミックスナッツ。ルールは統一するべきだ。そして何より、今遊んでいるこの場所は、私の家。家主のルールに従ってしかるべき。そしてさらに、ミックスナッツを用意したのも私だ。

 

ミックスナッツの食べ方だけで、ここまで人間の協調性が丸裸になるかと驚嘆する。マシュマロテスト的な検証をしていれば、奴の社会的将来性も明らかになっていただろう。

 

ミックスナッツで具現化された奴の利己的なふるまい。つまりは、「自分だけでも良い思いをしたい」という、深層心理の現れとも言えよう。そして、これをより私目線で考えた時、「コイツはいざというとき、助けてくれない」という解釈にたどり着いた。

 

繁華街。俺ら2人は中学からの友達だ。まさか、こうして一緒に酒を飲むような仲になるとは、あの当時思いもしなかった。お互い別の道に進み、環境も違い、抱える悩みも違う。それでもこうして、一緒に酒を飲んで笑って語りあえる。確かに、俺ら2人はどこにでもいる平凡なサラリーマンかもしれない。毎日満員電車に揺られて出勤し、満員電車で帰宅。それでも、お互い仕事は嫌いじゃない。それなりに大きいプロジェクトの一員にも選ばれ、ある程度の責任感を持ちながら、充実した生活をおくっている。もちろん、上司にムカつくときはある。それでも、その悔しさをバネに頑張れる。そう考えると、うまくやれていると、そう思う。

 

確かに、俺ら2人は平凡なサラリーマン。でも、平凡だけど中学からの友達と今ここで酒を飲んでいる。「そんな奴ら今どき中々いないよな」と思い、特別ではないまでも、なんだか誇らしげにはなっていた。

 

男同士で、日々の生活や仕事について包み隠さず話した。これだけで「久しぶりに会ったけど今日は楽しい」という、気持ちを十分に共有できた気がした。

 

ひとしきり飲んで、店を出る。2人は千鳥足で繁華街を歩く。活気冷めやらない夜の街を眺めながら、「ここの焼き鳥はウマい」「次会ったらあの店に行ってみよう」などと、名残惜しげな会話をしていた。

 

その時、私の肩が通りすがりの人に当たる。とっさに「すいません」と言うも、向こうも酔っぱらっていたようで、私は胸ぐらをつかまれた。「ヤバい……」と思い友人の方に目をやる。するとどうだろうか、私がとらえたのは、走り去る彼の背中。

 

カシューナッツばかり食べる奴は、こうである。

 

皆様もミックスナッツを食べるときは注意してください。