つるつる小鼻への道のり
近所にドラッグストアがある。日々、そこでビールとお菓子を買い、帰路につく。いつも酒とつまみしか買わない。ドラッグストアという、医療機関の予備施設的な立ち位置にありながら、薬から食品、日用品にいたるまで取り扱うこの場所で、毎日のように酒とつまみだけを買うことは、それつまり社会への参加を敬遠するニートのごとく、盲目的である。
そんな日々のさなか、酒コーナーに向かう途中でふと目に入った、メンズビオレの毛穴すっきりパック。その時どういう精神状態であったか、今はもう覚えていない。あの時の自分が、落ち込んでいたのか、高揚していたのか、見当もつかない。
もしかすると、人は限りなくもニュートラルな精神状態にあるとき、美容に目覚めるのかもしれない。オカマとかも、ある意味ニュートラルだ。
瞬間的なオカマ体験を経て、毛穴すっきりパックをカゴに入れ、レジへと向かった。
思えば、使用方法も読まずに買ってしまった。”つるつる小鼻”、この謳い文句に誘われて購入していた。しかし、いざ使ってみようと思い説明書きを読んでみると、使い方は非常に簡単で、鼻を水で濡らし、パックをはりつけるだけ。お手軽に鼻の角栓が取れ、黒ずみもなくなるという。説明を読み進めると、何やら注意点が書いてある。
「パックを乾かしすぎると、皮膚がはがれる可能性があります」
「はがす時に、ひどい痛みを感じたら……」
どうやら、よく女性がやっているパックとは一味違う気配がする。非常にリスクを伴うパックであることが否定できない。確かにメンズビオレである、”メンズ”向けのパックであることは間違いない。だがしかし、なぜこんなところで苦痛を味わうことになるのか。美容ひとつとっても、男に吹く風当たりはこれほどまでに強いのか。
そんなこんな、世間における男の肩身のせまさに狼狽しているうちに、なにやら推奨されるパックの乾燥時間をとうに過ぎているではないか。5分でよいところを12分も乾燥させてしまっている。
当該品開発者の忠告が頭をよぎる。
苦節二十数年、思えば身体ひとつでさまざまな困難を乗り越えてきた。時には
病床にふせたが、ここぞという時には力を振り絞りやり切った。
だが、この毛穴すっきりパックの使用方法を誤ったばっかりに、今まさに嗅覚を失いそうになっている。大げさかもしれない。しかし、はがれる気がしない。
がんばって取ろうとしてみるが、あのマッドサイエンティストが予言した通りの状況になりそうだ。もういっそ、すさまじい勢いではがそうかと思ったが、それは違う。勇気と無謀をはき違えるな。
ビビりながら、はがしているうちに、気づけば20分ほど経過していた。まだ、3分の1も取れていない。
今しがたの慌てふためきも、あきらめに変わってきた時、ふと改めて説明書きに目をやると、「パックに水を付けると取れる」という言葉を発見した。どうやら、乾燥時間を大幅に過ぎていることに焦り、早く取らねば死んでしまうと必死になるあまり、後半に記載されている救済措置に気づいていなかったようだ。
そして、これでもかと顔面に水をぶっかけ、なんとか無事にパックをはがすことに成功したのであった。
つるつる小鼻への道のりは長い。